2009年5月19日(火)
昨日まで二泊三日というド短期で栃えている木の鬼怒川温泉よりもっと奥にある、
湯西川温泉というところの旅館で働いて帰ってきた。
空がとてつもなく綺麗で、大きな止まることの決してない何かに
触れている気がした。

ここ東京の地に住み始めて1年4ヶ月が経った。あっという間でもあったけれど
本当に数多くの人と出会って、とてつもない何かをもらった。
どこか知らない土地に行かなくても旅はできるんだとハッキリ実感することができた。
僕は今迷っている。ここ東京の地に好きな人がいる。
だが僕の魂は明らかに、海の向こうの、かの見知らぬ土地が
僕を呼んでいることに気づいている。
そして僕は早かれ遅かれ、行かなくてはならないんだろう。
それが僕の血に宿された、引き剥がすことのできない何かだから。
旅立つ日が近づいているんだと、足音が聞こえる。
僕は妖精を信じる。俺たちの中を飛び回ってるぜ!
2009年1月12日(月)祝日待ちに待っていたこの日、初めて僕が主催(イベンター)という立場で
ステージに上がらせてもらった日だ。
二ヶ月前に四谷天窓スタッフだった斉藤けんと(今はインドへの旅の準備中)
に突然、「裕太郎、来年の正月明け、イベントやってみろよ!
大変だけど、成長に繋がるし、やりがいはあるぜ。」
最初は冗談かと思って店長の吉川さんに聞いてみた。
(僕)「吉川さん、けんとはああ言ってますけど冗談なんですよね?」
(店長)「冗談にするかしないかはオマエが決めていいよ。
まあ自分って根性ないって思うんだったらやめたほうがいいけどな。」
なにを~!こんなふうに言われて引き下がったら男じゃないぜ!!
(僕)「やります、やらせて頂きます!」
そして当日、この日はちまたでは成人式で、外はなかなか賑やかだった。
この日を迎える前日まで僕は、一ヶ月間はフトンに入ってもぐっすり眠れなかった。
こんなこと何年振りだったろう、大きな何かに試されているようなこの気持ち。
目に見えないものに追われているのか、見守られているのかさえもよくわからなかった。
今はきっとその両方だったんだと思える。
2009年1月12日の昼間の3時間という限られた時間の中で、
ライブハウス「四谷天窓」という場所で何ができるんだろう。
大袈裟に言うと、この日僕はこの場所を借りて
地球上に生きているっていう何かを残したかった。
「オレは今ここにいるぞーみんなー!
東京という大都会のど真ん中にオアシスを見つけたぞー!」ってさ(笑)
僕にとってはイベント会場になった「四谷天窓」は特別な場所で、
その名の通り「天」に通ずる「窓」だと感じている。というより信じているんだ。
そして去年の冬から僕はここでスタッフの一人として働かせてもらっている。
そのことを誇りに思える。
まだまだスタッフとしては半人前で迷惑掛けっぱなしだけど、
出演アーティストに対しての気持ち、
そして音楽への情熱は誰にも負けていないつもりだ。
今までこの場所で沢山のアーティストが、天に向かって歌い上げる姿を見てきた。
不思議とそんなとき、ステージに一筋の光りが舞い降りるんだ。
それが歌に音楽にのって会場を包んでいくとき、これがまさに「天窓」なんだ!って実感する。
1月12日を、どうにかしてそんな今まで以上の天に通ずる窓にしたいって思った。
というより願い祈ったんだ。
そして、僕は三組のアーティストに出演を依頼した。
山崎成美さん・・なんと僕の母とほぼ同年代で、熟年の優しいピアノタッチに
彼女独自のオリジナルな世界観をシャンソン風に、そして時にはユーミン風に歌いあげる
心優しきピアノシンガーソングライターさんです!
はりゅ・・京都で出会った僕の親友、亮がバンマスを務めるアコースティックトリオ。
ヴォーカルは亮の妹はるちゃん、バイオリンはピアノ講師を母に持つゆう君。
そしてクラシックギターの亮。三人が合わさると、まるで大自然の中にいて
山の小川の水が流れていくのを聞いているようなそんな素敵な音を奏でるんです!
大木信幸さん・・森山直太郎のインディーズ時代、互いにアドヴァイスをし合っていた
仲だったそうです。正直、この人の作品は東京にとどまることはもったいないんです。
もっと言うなら、この時代に埋もれさせること自体がい本当nもったいない!
作品にそれだけの普遍性と力強い魅力があるのです。
幾多のアーティストが嫉妬してしまうほどに。
その実力はその目で御覧あれ!!
まあこんなかんじでイベントは成功に終わったんだ。続きはまた後日!
2009年1月1日(木)2009年になったぞやったー!!の影ではもう2009年になってしまった、アっと言う間だ!
と感じてしまっている。そう感じてる人も多いんだろうけど、なんだか悔しくないかい!?
ノストラダムスの大予言にビビっていたのが10年前なんだもんなぁ。
でも去年を振り返ると、確かに新しいことに挑戦した自分がいて、
毎日動き回って、歌っては音楽を追及している自分がいたんだ。
そこは認めてあげよう。仲間もおかげで増えたんだし。
そして去年の大きな出来事を3つあげるならばこれだな
1つ目 東京で音楽活動するために一人暮らしを始めたこと
2つ目 ライブハウス「四谷天窓」で働き始めたこと
3つ目 カンボジアのアンコール・ワットまでの1人旅
2008年は今までで一番数多く人前で歌えた年だったな。
今年、1月12日には僕が初めて主催するイベント「天の窓まで音詣で」
が控えているんだ、更に人前で歌う機会を持っていこうと思っている。
ただ去年と違うのは、その場を楽しんでハイ終わり!じゃなくて、
何かをその音楽から持ち帰ってもらうことだ。一言で言うなら「光」だ。
うん、この世に、たった今でもここにある光だ。
それをどうにかして音楽で包み込んで聞く人に届けよう!!
今年も裕太郎をどうぞよろしくお願いします。